先代の思いを引き継ぎ融合させるお店-〜融(とをる)民藝店〜
倉敷駅南口を降りて、美観地区へ行く方向に進みます。
アーケードのあるセンター街を通り、えびす通商店街を抜けると、左側に阿智神社西参道の階段。
そのすぐ奥に『融(とをる)民藝店』の建物が静かに佇んでいました。
店がお休みのときは、看板も出ていないので素通りしてしまいそうです。
今日は木曜日。
『民藝とをる』と書かれた木の看板が、日差しを受け、光を放っているかのように眩しい。
木とガラスで出来た重たい引き戸を開けると、 「いらっしゃいませ」 店主が迎えてくれました。
彼の名前は、山本尚意(たかのり)さん。
月、火、水は、仕入れや、展示の入れ替え、また写真家の仕事もしており、休みにしているそうです。
木、金、土、日だけお店を開けています。
2022年の2月に先代の店主小林融子さんからお店を引継ぎました。
先代から引き継いだものと、新たに山本さんが考えて取り入れていくものを、店のなまえの通り融合させてお店を守って行きたいと話します。
倉敷には、『倉敷民藝館』という博物館があり、昔から現在までの民藝の品を見ることができる場所があります。
それならば、実際に民藝の品物を買えるところ、そんな役割をしているのが『融(とおる)民藝店』です。
色とりどりの器やコップ、花瓶がセンスよく置いてあります。
倉敷だけではなく、全国の民藝品が置いてあり、先代が以前から懇意にしていたところの品や、現在の店主山本さんが、自ら足を運んで仕入れたものなどさまざま。
店内を見渡すと、色はカラフルだが模様はシンプル、北欧かヨーロッパを思わせる織物の座布団が置いてありました。
店主に聞くと「倉敷ノッティング」というウールで織られた毛足の長い椅子敷き。
最近は、NHKやライフスタイル系の雑誌で取り上げられ、知っている人もいるかもしれませんが、倉敷の美観地区の中には、世界一小さな学校があります。
倉敷民藝館の川向いに存在するのですが、古い街並みに溶け込んでいて、誰かにここだよと教えてもらわないとわからない場所です。
『倉敷本染手織研究所』と小さな看板が出ていました。
そこは、入学したくても予約がいっぱいでなかなか入れない学校です。
予約が多い時には、入学が3年先になることもあるそう。
宣伝はしていないのにもかかわらず、どこからか聞きつけ志願してくるそうです。
『倉敷本染手織研究所』では、1年間染織の基本を学ぶ事ができます。
そこで習得できる織物の一つが「倉敷ノッティング」。
『融(とをる)民藝店』で取り扱っている品々も、そこの卒業生の作品です。
本染手織物研究所というくらいなので、糸を染めて、布を織っていきます。
織り方は、ペルシャ絨毯の作り方と同じ。
織物の端の部分を使い、結んで切って結んで切って並べていくと、毛束が集まって、それで模様を作ります。
自分たちで染めたものを無駄なく使うために始めたもの。
今でいうSDGsですが、昔は当たり前のように行われていました。
味気ない木の椅子が、椅子敷きを置くことで、華やかになり、座るとぬくもりが伝わってきます。
使う人の立場を考えてひとつ一つ作っているからこそ、丈夫で飽きのこないデザインの品が作られるのでしょう。
70年以上たった今でも人気で、愛され続けていることにも頷けました。
お店の奥に行くと、お皿や湯呑が綺麗に並べられています。
その中で、筆者は一際目立つ赤い器に目を惹かれました。
こちらは、「酒津榎(えのき)窯」と言う民藝品。
作者は武内立爾(りつじ)さん。
倉敷を代表する工芸家で、祖父が倉敷の大原美術館初代館長であったことから、民藝品に触れる環境で育ち、物を見る目が培われたということです。
庭に大きな榎の木があったことから「榎窯(えのきがま)」と名前がつけられました。
私が気になったお皿は、辰砂(しんしゃ)という釉薬の赤をあしらったもの。
釉薬の発色により赤色が出たり、出なかったりのお皿。
どちらがいい悪いではなくどちらも味があります。
武内さんの代表作は、呉須(ごす)という釉薬の青色の品や、最近では、緑色の釉薬を使ったものなど。まだまだ挑戦を続けられているそうです。
倉敷には、他にも民藝品が売られている店は何件かありますが、何を重視しているかによってお店の雰囲気も変わってきますと山本さん。
先代の小林融子さんは、よくお客様に 「手にとってみてください」 と話しかけていたそうです。
日々使うものだから両手で持ってみて、重さとか手の納まりまで、自分の家で使うことをイメージして、本当に使いたいと思えるかどうかを大事にしていました。
民藝の品を日常に取り入れることで、日々の暮らしが楽しくなってほしいと。
実際に筆者も山本さんの話を聞く中で、あのお茶碗で食べたらご飯がより一層美味しいだろうな、あの珈琲カップなら、私の手にちょうどいいかもと想像しながら、民藝品を見るようになっていました。
そうやって、自分に合った民藝品を少しずつ集めていくことも楽しい。
「いつでもいらしてください」 帰り際に山本さんに声をかけられました。
穏やかな人柄が感じられる山本さんの話を、もっと聞いてみたいと思われる時間でした。
記事 沙矢香