倉敷民藝館~あなたのお気に入りを見つける旅
岡山県の観光スポットといえば、倉敷の美観地区が有名です。
コロナ禍で一時は減少したものの、現在は修学旅行生や観光客で賑わいを取り戻しています。
一歩足を踏み入れれば、そこにはタイムスリップをしたかのようなレトロな風景。
昭和の初め頃まで、物資を運んでくる運河として利用されていた倉敷川。
川沿いの柳の並木が風に揺られ、観光客や運がよければ花嫁を乗せた渡し舟が、ゆっくりゆっくり通り過ぎます。
江戸時代のような街並み。 夕刻は街灯の明かりで、幻想的な世界が広がり、人々を魅力します。
白と黒に塗られたなまこ壁の建物が並ぶ大通りの中心に、『倉敷民芸館』という古い建物があります。
日が当たっているにもかかわらず、そこだけ空気がヒンヤリとしていて静か。
江戸時代の米倉を改装して使用しているので、目を閉じれば江戸時代の商人が働く姿が思い浮かんでくるようです。
『倉敷民芸館』は、日本の民芸館の中で、2番目(東京民芸館の次)に建てられた館です。
初代館長の外村吉之助が、戦争が終わって残っている町並みを見て、「こんなにいいものがあるじゃないか。残していこう」と声掛けをして保存され、今に至っています。
『民芸』とは、民衆が手仕事をした工芸品。 美術工芸品ではなく、日常で当たり前に使っていた道具。
その道具に美を見出し、称賛されるべきものだという考え、思想が『用の美』という言葉になり、現代に語り継がれています。
少し高さのある石の階段を上ると、受付と書かれた看板。 敷居を跨ぐと、右手には民芸品のショップがあり、手毬や器などが可愛らしく並べられ飾られています。
受付を済ませ、スリッパに履き替えて、年季の入った階段を登っていきました。
ギシギシ音がするのはご愛嬌。
二階に上がると、高床式倉庫なっていて、天井が高く圧倒されます。
格子の窓からは、心地よい風か吹いてきて、なんとも心地よい気持ちになりました。
最初の部屋は岡山県の民芸品。
次が鳥取・島根、世界。
そして、倉敷の特色としてのかごの部屋が順番に飾られています。
江戸時代から昭和のものまで、あらゆる品が展示されていました。
刺繍の入った座布団、実際に使っていた水がめ、火事の時に活躍した車箪笥など。
今でも使われている道具もあれば、現在は作り手がいない貴重な品までさまざま。
その中でもかご部屋は、魚釣りに使っていたかごや、冷蔵庫がない時代に、炊いたご飯を入れて冷ましていたかごなど、時代背景が伺えます。
素朴で、丈夫で使い勝手のいいかごが展示されていました。
通年、展示品が変わらない(動かない)部屋と、半期に一度変わる部屋があります。
半期に一度変わる部屋は、テーマに添って、まったく別の展示品に変わります。
ちょうど筆者が訪れた時には、『李朝の工芸展』が開催されていました。
李朝の工芸品は、民芸運動の創始者である柳宗悦が、朝鮮陶器壺に魅せられ、初代館長の外村を中心として倉敷の民芸館に収蔵されたものです。
倉庫に眠っている15,000点をピックアップして、学芸員が、業者も頼まず入れ替えをします。
民画や陶磁器、木工品や、金工品など。ほとんど無名の作者のものばかり。
国や土地は違いますが、美しく温かみがある白磁器や、丈夫で個性的な木工品など、時代を彷彿させる品々が展示されています。
有名な俳優のドラマもこの時代だなと頭の中で巡らせるのでした。
李朝の民芸のように、普段お目にかかれない品も興味深いですが、倉敷民芸の発展に貢献した、今では有名な作家の品も置いてありました。
それは『倉敷ガラス』。
一吹きガラスの第一人者の小谷眞三氏は、クリスマスのオーナメントの作り手でした。
ですが、初代館長の外村にコップを作ってみないかと言われ、試行錯誤の上、日常に使えるグラスを完成させたのです。
『倉敷ガラス』は、普通のガラスのグラスとは、比べ物にならないほど厚みがあります。
実際に水や酒を入れて飲むと、特にその違いがわかります。
グラスに唇が触れる感触も優しく、口当たりもまろやか。
手に取るとずっと愛でていたくなるほど、その存在そのものが美しく感じます。
民芸館は、そんな本物が置いてある場所です。
館内に置いてあるものは、昔から普段日常で使われていたものがほとんど。
その一つ一つが丁寧に作られていて、奥ゆかしい。
今は100円ショップでグラスが手に入る時代です。
安いから割れたらまた買えばいい。
そんなぞんざいに扱ってはいないでしょうか。
そのグラスに心がひかれるでしょうか。
また、そんなにたくさんのグラスが必要でしょうか。
人生で大事なものは、そんなに多くはありません。
人それぞれ美の価値観は違います。
日常で使うものが美しいと感じられ、お気に入りのものであれば、日々の生活もうるおい、心の癒しになります。
グラスに限らず、器やカゴ。なんでもいいのです。
実は毎日の暮らしの中に美が隠れています。
それを気づかせてくれるのが民芸です。
飾るのではなく、使うのです。
家族や夫婦で、食卓でお気に入りのお椀でご飯をいただき、お茶を嗜むのです。
とても贅沢な時間と感じられるでしょう。
倉敷の美観地区には、民芸品のお店が立ち並んでいます。
倉敷に来られた時には、ぜひ思い出して訪ねてみてください。
記事:紗矢香